幸せのレシピ♪

罪悪感のはなし~お世話係の人生。

私、悪いことしてしまった・・・だから

休んじゃいけない
幸せになっちゃいけない
頑張らなくちゃいけない
期待に応えなくちゃいけない

Q:あなたは誰のために、頑張っているのですか?
Q:だれの期待に応えたいのですか?

 

私がいなければ、あの人はやっていけない
見てられない。何とか彼を支えなきゃ
彼を救えるのは私しかいない

食事に洗濯、掃除に送り迎え。
彼がお金に困っていれば、自分の貯金を崩して助け、
問題を抱えていれば、何とか解決しようとやっきになり、自分が代わりになることも。

気づいたら24時間一日中、彼のことばかり考えてる。

 

共依存。それは問題を抱えてる”困ったちゃん”、一方だけが依存しているように見えるけれど、
依存されてるように見える側も、実はこの関係に依存してる。

依存されている側・・・

Q:あなたが世話を焼くその目的は何ですか?
Q:その関係から得られるものは何ですか?

 

欲しいのは、”誰かに必要とされている”という感覚
だから尽くすことは相手のためではなくて、自分のため。
相手のために何かをすることで、「自分」という存在の価値を感じたい。

もちろんこれは無意識のゲーム。本人にそのつもりはない。

誰かの世話を焼いている瞬間、文句を言いつつも、心のどこかは安心してる。

この”安心”が中毒なんだな。
だから、目の前の”お世話させてくれる”誰かがいなくなると、
別の人を探し出す。私に”お世話をさせてくれる”存在を。

だから、いつも同じようなパターン。
周りからは「別れた方がいいよ」と言われ続けても、
「そうだよね。」と言いつつも、安心感の中毒からは逃れられない。

 

「私がこの人を何とかする!」そんなお世話係の人生。
特にパートナーシップにおいて、この傾向は顕著に出ていました。
友人から止められようが、忠告されようが全く聞く耳持たず、
どっぷり共依存の関係にハマっていました。もちろん、自分が相手に依存しているなんて、全く気付いてない。
まるで自分が救世主にでもなったかのような感覚でした。
振り返ってみると、自分のことはかなり後回しにして、
我慢することの方が多くて・・・
それでもやめられなかったのは、自分の存在価値がどうしても欲しかったから。

何度か似たようなパターンを繰り返して、やっと気づいた「存在価値への渇望」。

Q:私は本当はどうしたいんだろう?

やっと自分の本音と向き合えるようになってきました。
誰かに存在価値を認めてもらう生き方ではなく、
私が私にOKを出す生き方へ。
すこしずつではありますが、その歩みを始めています。

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