「ただ、感じればいいんだよ。」
それは芝居の稽古の帰り道のこと。 私が舞台女優をしていたころの話。
渋谷からひと駅の閑静な住宅街の中にある稽古場からの帰り道。
夜の10時を回った住宅街はひっそりと静かで、
季節が冬ということもあって、ひんやり冷たくて澄んだ空気が流れていた。
坂道を降りて最寄りの駅に向かう途中、演技トレーナ―が私たちにこう言った。
「空を見て。星がきれいだよ。」
空を見上げてみると、そこにはキラキラと星が輝いている。
冬の澄み切った空は本当に星が映える。
あれは何座だろう? 私は探してみた。
小学校のころ教科書で習った星座の形を思い出しながら。
何となく、オリオン座だけはわかった。
私はトレーナーにこう言った。
「あれは、オリオン座? オリオン座って星いくつでしたっけ?」
するとトレーナーは私にこう返した。
「かおり、ただ、感じればいいんだよ。」
その言葉に私はハっとした。
私、いつもこうやって分析してるんだ。評価してるんだ。
思い返してみればそうだった。
映画を見ても、舞台を見ても、出演していた俳優の演技や、音楽、舞台セットなど
それを見ているときにはずっと考えていたし、
(ああ、そういう言い方するのか・・・ああ、惜しいなあ)
(ポケットに手を突っ込んだまま歩く性格じゃないよね、この役は)
見終わって誰かと感想を話すときも、
「あの俳優さん、声のトーンがね・・・もっと低い声のほうが・・・」
「私はね、こう思うんだ。このテーマっ○○なんじゃないかって」
とか。
もちろん商売柄、“自分だったらどう演じるか”という視点で
作品を鑑賞することも大切だとは思う。
でもそればかりしてたから、純粋に作品を楽しむことって ほとんどなかったんだな。
この夜の出来事があってから、私は極力、分析や判断せずに、
作品そのものを楽しむことにした。
純粋に楽しんでいると、これが“感動”するんだなあ。
新人さんの舞台公演を見に行ったときも、分析してたら
・ああっ、セリフ忘れたんだな
・あっ、今間違えたな
などど、アラさがしばかりしてただろうけど。
ただ純粋に感じること。分析や評価もいらない。
私にはこれがとても大切だったんだ!
普段の生活、何気ない日常の中で、ふと感じることを大切に。
このことは特別なレッスンよりもはるかに、私に変化をもたらした。
