「ああ・・・これが私のやりたい芝居だったんだ!」
5年なんて本当にあっという間。
舞台女優になる夢を抱いて上京してきたけれど、私は少しも変わっていない。
アルバイトの合間を縫っての芝居の稽古と舞台公演。
2~3か月にわたる一つ稽古から舞台の期間は働く時間は全くないから、
生活はいつもひっぱく状態。
いろんな挑戦をした。自分の演技が変わるために。
即興劇やダンス、ほとんど毎日仕事とレッスンの日々。
若かったから何とか乗り切れた。今はムリ。
親友からは「オーバーヒートしないように」と何度も言われてたけれど、
私は止まることができなかった。
だから結果、燃え尽きた・・・
実はそのとき、わたしには小さなチャンスがあった。
ある演技レッスンの選抜に選ばれていたのだった。
大好きな演技なのに、何をやっても心がワクワクしない。咲かないのだ。
せっかく選んでくれたその場所にもやがて行く気がなくなり、フェードアウトしてしまった。
何にもやる気が起こらない・・・でもこのままじゃいけない・・・
重い心を引きずりながらも、新しい場所を探してみた。
私を変えてくれそうな場所。
ある時、雑誌の小さな広告欄に目が留まった。
それはこんなキャッチだった。「心理学と演技を融合させたレッスン」
自分の「感情」が動かないことへの問題を抱えていた私には、
それは目からうろこのキャッチだった。
なるほど、人の心を学べば、演技に生かせる!
さっそくその広告主に連絡を取って見学を申し込んでみた。
「演技のレッスンはこれからだから、一般の方向けのワークショップへいらっしゃい。」
その誘いを受け、私はワークショップの会場へと足を運んだ。
それも終わりに近い時間に合わせるように。
なぜならちょうどそのころ、私はいろんな誘いを受けていたから。
自己啓発、ネットワークビジネス、宗教系・・・
「お茶しませんか。」のお誘いに行ってみると、多くはこれ。
断るのがとても苦手だった私。何があってもすぐに帰れるように用心をしたのだ。
会場に入ると、そこには椅子に座る4人の男女、そして前に立つ男性の姿が。
(この人が電話の人、広告主か。)
話している内容がほとんどわからないまま、少しの緊張を持ってその場にいると、
「最後にこの中からお父さん、お母さんに雰囲気が似ている人を選んで
その人とワークをしましょう。」
広告主さんが言った。
何故か、私はある男性に“母に似ている”ということで指名された。
(どう見ても、私の方が若いのだけれど・・・)
「あなたは立っていて、相手の目をただ自然に見つめていて。」
そう指示をされ、(な~んだ、簡単なことじゃない。)と、
私を指名した男性から5メートルほどの距離のところに私は立った。
音楽が流れ、男性がゆっくりと近づいてきた。
本当にゆっくりと。
不思議な体験。だって、こんなに人の目を見つめ続けたことないから。
それにしても彼の表情がどんどん変わってる。
顔の筋肉が変化(笑ったり、怒ったり)しているんじゃなくて・・・
目だ!目ってこんなに表情があるんだ!
彼はどんどん近づいてくる。
あれっ??どうしたんだろう??
遠くにいるときには何も感じなかったのに、彼が近づくにつれて、
彼がまるで小さな男の子のように見えてきたのだ。
悲しそうな、さみしそうな、不安そうな・・・そんな目。
大丈夫!大丈夫! もう少し!もう少し!
いつの間には私は心の中でこんな言葉をつぶやいていた。
何だかとても彼を応援したくなったのだ。そして抱きしめたくなった。
その人が私の目の前まで来た瞬間、私たちは同時にお互いを抱きしめあった。
悲しくないのに、涙があふれた。
それはとても静かで、やわらかい、何ともいえない涙。
「ああ・・・これが私のやりたい芝居だったんだ!」
この瞬間、私のするべきことがハッキリした。