上京してから既に5年が経っていました。
東京に来たばかりのころは、何もかもが新鮮で、刺激的。
ワクワクしながら、キラキラした自分の未来を思い描いていた私。
イメージした私の未来では、既に役者として数々の舞台に出演して、
しっかりと稼いでる。
好きなことして、食べていける幸せ。
それを満喫してる”はず”だった。はずだった、のに・・・
現実は全く違ったものになっていました。
何が足りないんだろう・・・
東京に来ていろんな演技スタイルを学んできたのに、
何故か、オーディションに受からない・・・いろんなことが上手くいかない・・・
まだ、何かが足りないのか・・・
ほぼ毎日がこんな自己対話。それでも演技レッスンは続けてた。けれど・・・
あるとき、全く心が動かなくなってしまった。
何をしても楽しくないし、いつも疲れてる。やる気がでない。
こんな調子だから、レッスンも途中でやめてしまいました。
すごくやりたいスタイルのレッスンでだったのにね。
どうしたらいいんだろう・・・
レッスンをやめたのに、また新たなレッスンを探し始めた私。
何かをしていないと、もっと不安になるから。
そうしているうちに見つけた小さな広告。
「演技レッスンに心理学を取り入れます」
これがキャッチコピー。
私の中でこんな声が聞こえてきた。「これだ!」
そのまま受話器を取って、その広告主に電話をかけました。
「演技のレッスンはこれから始めようと考えてます。
今は一般向けのワークショップを開いているから、一度見学においで」
その言葉に「はい!」と返事をしたものの、何だか急に怖くなりました。
「一般の人向けって、いったい何なんだ?? もしかしたら宗教??」
実はよ~く、宗教関係やネットワークビジネス関係の方からお誘いがあったのです、そのころ。
断り切れずに何度か入会したことも・・・(苦笑)
だから余計慎重になる。
ワークショップ当日、役者の友を誘って、時間も終わりごろに伺いました。
会場に入るとそこには3人の参加者が。みなさん身体のあちらこちらに、
ラベルのようなものを貼っている(もちろん服の上からね)。
講師のその人は、心のしくみの説明をしていたみたい。
何のことだか、さっぱりわからない。
講義を聞きながら参加者のみなさん、思い思いに身体に貼ったラベルをはずしていく。
(こういうところに来る人って、相当悩みがあるんだろうなあ・・・ふ~ん、大変だあ)
椅子に座り様子を見ていた私の心の中は、こんな感じ。
やがて自分が”心と向き合う世界”に足を踏み入れることになるとは・・・。
「では、実際にワークをしてみましょう。
この中で、自分の両親のどちらかに似ている人を探してみて。」
講師のSさんがこう告げた。そして、私は指名されたのです。
私を指名したのは、30代半ばの男性。「母」の雰囲気に似ているという点で。
(なぜ、なぜ??私、この人より年下なんだけど・・・)
そう思いながらも、ペアワークの相手となった私。
数メートル離れて向かいあった私たち。
「何かをしようとしなくていいよ。そこに立ってただ、相手の目を見つめて。」
Sさんのアドバイスに、私は特に何をしようとすることなく、その場に立って、
ただ、相手の男性の目を見つめていました。
ゆっくりと近づいてくる男性。その目は何かを怖がっている小さな少年のよう。
悲しみのような寂しさのような・・・いろんな心の色がまじりあった目。
ふと思った。そばに来たら抱きしめてあげたい。って。
ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ、一歩ずつ。そして彼が私のすぐ前に来たとき、
私たちは同時にハグしあいました。
お互い、今日初めて会った人。名前も知らない人。なのに、
とても愛おしく思えた。何故だか涙が湧いてきたのです。
とても静かな涙。そのとき思ったのでえす。
「ああ・・・これが私のやりたい芝居なんだ。」って。