わたしのこと

【わたしのこと】「すみません!」って、そこは「ありがとう!」だろう。

私の口ぐせ。

何かを頂いても、何かをしてもらっても、
口から出てくる言葉は、

「すみません!」

仕事場で同僚や上司からお土産を頂いた ⇒ すみません!
仕事を手伝ってもらった ⇒ すみません!

挙句の果てには

誉められた ⇒ すみません!

さすがに「誉めたのに謝られた」相手は引いておりました。
だよね~。リアクション明らかに変だから。

 

「すみません!」ほぼ反射的に出ちゃう。
していただいたこと、もらったもの、かけてくれた誉め言葉。
しっかり味わいもしないで即座に、「すみません!」と返してた。

「悪くないのになぜ謝るの?そのクセ、直した方がいいんじゃない?」

と、不快感をあらわにされたことも。

”すみません”を言われる側も、何度も何度も言われたら、
何かお願いしたいときでも頼みづらくなったり、何だかお願いする方が
意地悪をしているような気分になったりする(そうです)。

そのころの私ときたら、

人に何かをしてもらうなんて、申し訳ない・・・
私なんか、これを受け取る価値のある人間じゃない

こんな心理がありました。(もっともそのころは気づかなかったけど)

だから謝っていないと心が落ち着かないの。
もう、どうしていいのかわからない不安のようなものを押し殺すために
「すみません」と口から出していたのです。

何をやっても価値がない自分がバレる前に、「すみません」武装して
それ以上相手から責められないように必死に守ってた。

心の学びをするようになって、「なぜ、謝ってしまうのか?」奇遇にも
このテーマが浮上してきた。
私の ”謝りグセ”のルーツは一体どこなのか?

私の”謝りグセ”は一体どこから?

それはグっと時を遡り、幼少期のころ。

私、ほめられる機会が少なかったんです。
ガンバっても、「頑張ったね」と言われることがほとんどなくて。
怒られる方が圧倒的に多かった。

もちろん、うちの両親だって、私は最初の子だから
子育ては未知数。彼らなりに一生懸命考えた結果、
この子が成長するためには、”叱咤” すること。
そう考えたのでしょう。

私はいっぱい、いっぱいほめられたかったけどね。

怒られるたびに、「ごめんなさい!」と自分の心を守っていた
子どものころの私、
それが大人になってもずっと残っていて、やっぱり自然に
出てきちゃってたんです。

 

”謝りグセ” のルーツがわかったところで、私が日常意識したこと。
それは、

相手の話をしっかり聴くこと。

「すみません!」って言ってるときの私って、
相手の話をあまり聞いてないんです。
意識が自分に向いていて、心のザワザワ感や居心地の悪さが
気になってる状態。
だから、相手の話していることに注意を向けました。

聴いていれば、それが
「私がミスしたこと。これは謝ること」なら、ちゃんと謝るし、
何かしてもらったことなら、「ありがとう」と言えるし。

特に「ありがとう」は意識して使うようにしました。

「自分に自信がない。価値がない」
この改善 はメンタルトレーナーにサポートをお願いした。

 

少しずつだけれど、「すみません」から「ありがとう」へと、
私の言葉のレパートリーが増えて、
それまでは「ありがとう」と言われる側になるのもツラかったけれど
(どう反応してよいものか・・・)
「ありがとう」を受け取れるようになった。

「ありがとう」って言うのも、言われるのも
嬉しいもんだね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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